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控訴理由書その1

日本の裁判は公開は名ばかりで、口頭弁論ですら、裁判所で行われるのは原告、被告からの提出文書の交換と次の裁判の日程の確認で5分もかからずに終わってしまい、傍聴しても全く裁判の内容は分かりません。国籍法12条違憲訴訟のように、すべての国民が影響を受ける大事な裁判が密室の中で評決されることに危惧を覚えます。そのため、高裁での控訴審では、多くの方が、何が真実で正義がどちらにあるかを知っていただきたく、可能な限り双方からの提出文書を公開していきます。今回公開するのは、原告が高裁に控訴した際に提出した控訴理由書です。提出した控訴理由書は全89ページあります。その1は1から20ページです。
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2012年7月17日
控 訴 理 由 書

控 訴 人 ダイチ フェルナンド ミサ マルヤマ

被控訴人             国           

          控訴人ら訴訟代理人
弁  護  士   近   藤   博   徳

弁  護  士   久 保 田   祐   佳

弁  護  士   枝   川   充   志

弁  護  士   宮   内   博   史

弁  護  士   置   塩   正   剛

弁  護  士   細   田   は づ き

弁  護  士   長   瀬   祐   志

弁  護  士   濱   野   泰   嘉

東京高等裁判所第16民事部ロ係  御中



第1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
1 原判決の判示は実体を無視した抽象論・形式論である・・・・・・・・・ 5
2 「日本人の子は日本人」という日本人の常識的感覚と乖離している・・・ 5
3 原判決は国籍を取得し、保持することに対する国民の権利や利益に
ついて無関心ないし冷淡であり、平成20年最高裁大法廷判決が立脚
する視点を看過している・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
4 憲法14条1項適合性の判断基準について・・・・・・・・・・・・・・ 7
5 本書面の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
第2 法12条の法的性格について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
 1 国外出生重国籍児の日本国籍取得の法的根拠・・・・・・・・・・・・・ 8
 2 法2条1号と法12条の関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
 3 原判決の解釈の誤り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
 4 原判決の理由付けに対する批判−立案担当者の答弁について・・・・・・11
5 原判決の理由付けに対する批判−法11条、13条との関係・・・・・・14
 6 法12条による新たな国籍喪失者の作出・・・・・・・・・・・・・・・16
 7 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
第3 「実効性がない形骸化した日本国籍の発生の防止」という立法目的
の合理性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
1 国籍の実効性を問う立法目的が特異なものであること・・・・・・・・・17
2 原判決における「実効性論」の合理性の根拠 ・・・・・・・・・・・・・17
3 「国家との真実の結合性」とは何か・・・・・・・・・・・・・・・・・18
4 国内法上の権利義務の行使あるいは履行に関する看過し難い重篤な
事態について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
5 ノッテボーム事件判決を立法目的の根拠とすることの誤り・・・・・・・22
6 国際法上の看過し難い事態について−ノッテボーム事件判決に関す
る原判決の誤り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
7 法3条1項によって日本国籍を取得した者についても国籍の実効性
を欠く事態が生じること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
8 国籍留保をした者の日本国籍も実効性を欠く形骸化したものとなる
可能性があること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27
9 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
第4 「重国籍の発生のできる限りの防止・解消」という立法目的の合理性・・30
 1 「重国籍防止の要請」に関する原判決の考え方の問題・・・・・・・・・30
2 国籍法が立脚する「重国籍防止の要請」の具体的な内容・・・・・・・・31
3 被控訴人国の重国籍防止・解消に関する政策・・・・・・・・・・・・・33
4 原判決の判示の矛盾・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
5 重国籍に伴う弊害に関する被控訴人国の政策・・・・・・・・・・・・・36
6 弊害論に対する反論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
7 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42
第5 立法目的と差別的取扱との合理的関連性その1
−国内出生児との差別的取扱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42
 1 原判決の判示・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42
 2 国籍法における血統主義の基本原則について・・・・・・・・・・・・・43
 3 原判決批判−原判決のいう「地縁的結合」の実質的な意味・・・・・・・44
4 原判決批判−国外出生子について地縁的結合を国籍喪失の根拠とす
ることの誤り(その1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
5 原判決批判−国外出生子について地縁的結合を国籍喪失の根拠とす
ることの誤り(その2)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
6 原判決の誤解の原因−法12条制定時の前提認識 ・・・・・・・・・・47
7 他国の国家実行に鑑みても法12条の差別的取扱は正当化されない
こと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
 8 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
第6 立法目的と差別的取扱との合理的関連性その2
   −留保の意思表示の有無による差別的取扱・・・・・・・・・・・・・・51
1 国籍留保の意思表示の有無による差別的取扱いの存在・・・・・・・・・52
2 親の国籍留保の意思表示の有無により差異を設けることは立法目的
との間に合理的関連性がある、との原判決の判示とその根拠(原判決
13頁以下) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53
3 重要な前提事実 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
4 本件控訴人らの親の認識 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57
5 原判決に対する批判(その1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
6 原判決に対する批判(その2)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
7 原判決に対する批判(その3)−届出期間に関する判示について ・・・67
8 原判決に対する批判(その4)−子の意思を問わないとすることの
問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70
9 結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73
第7 立法目的と差別的取扱との合理的関連性その3
−国外出生非嫡出子(準正子)との差別的取扱・・・・・・・・・・・・73
 1 原判決の判示・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74
 2 原判決の誤り−比較の対象の誤り・・・・・・・・・・・・・・・・・・75
3 原判決の誤り−制度の対比における誤り・・・・・・・・・・・・・・・76
 4 改正前法3条1項の制度の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76
 5 法12条との対比・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・78
 6 法12条の立法目的との関連性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80
第8 個別事情−控訴人ダイチの国籍留保の届出が戸籍法104条3項に
該当すること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82
1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82
2 「責めに帰することができない事由」の解釈・・・・・・・・・・・・・82
3 「届出をすることができるに至った時」の解釈・・・・・・・・・・・・83
4 控訴人ダイチについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・83
5 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・86


第1 はじめに

1 原判決の判示は実体を無視した抽象論・形式論である。
 原判決の判示は、抽象的・形式的であり、国籍のあり方に関する法や社会の実態を無視したものである。
 例えば、原判決は、重国籍について「主権国家の考え方とは本質的に相容れない」(原判決8頁)とまで断言し、あたかも重国籍が全く許容され得ないものであるかのように論じる。しかしながら、実際には、法は重国籍の発生を広く許容し、かつ法の制度とその運用によって、重国籍が最終的に解消されない仕組みができあがっている。原判決は、このような現実を無視し、抽象的な議論だけで厳格な「重国籍論」を作り出して、これを法12条に当てはめてその立法目的を説明しようとするものである。
 また、重国籍論の根拠に関する判示(原判決8~9頁)においても、上述した法の制度とその運用によって(すなわち違法でも脱法でもなく)現に重国籍者が何十万人という規模で存在する、という現実を見ることなく、抽象的・観念的にその弊害論を論じるものである。
 このような傾向は、「実効性を欠き形骸化した日本国籍の発生の防止」という立法目的に関する議論においても見られ、原判決全体を覆うものである。

2 「日本人の子は日本人」という日本人の常識的感覚と乖離している。
 原判決はまた、「国籍留保の意思表示をされた子は、その親が子の福祉や利益の観点から日本国との結び付きを強め、日本国民としての権利を有し義務を負うことが相当であると判断したものと考えられるのであるから、類型的に我が国との結び付きが強いものということができ、反対に、国籍留保の意思表示がされない子は、実効性のない形骸的な日本国籍を有する重国籍者となる可能性が相対的に高いということができる。」(原判決14頁)とか、「親が子の出生の届出すらしようとせず、それゆえに国籍留保の意思表示をしない結果となることをもって、日本との結び付きを望まない親の意思の表れとして取り扱うことは不合理ではない」(原判決15~16頁)と判示する。
 しかしながら、日本国民の間には出生による国籍の取得について「日本人の子は日本人」との意識が伝統的に存在するのであり、それは日本人の親から生まれた子は、届を出すだけで戸籍に載り、仮に届出が遅れても戸籍に載らないことはない、という実際の戸籍実務の取扱に裏打ちされて、我々の経験則に基づく常識となっている。
 このような常識に照らせば、「国籍留保がされない子は国籍を与えないという親の意思の表れ」という原判決の判示は、経験則に反した不合理な理解である。

3 原判決は国籍を取得し、保持することに対する国民の権利や利益について無関心ないし冷淡であり、平成20年最高裁大法廷判決が立脚する視点を看過している。
 上述のように、原判決が形式論・抽象論に留まり、また国籍の生来的な取得に関する我々の常識的理解に反する判断をしてしまう理由は、明らかである。
 最大判平成20年6月4日は、「日本国籍は、我が国の構成員としての資格であるとともに、我が国において基本的人権の保障、公的資格の付与、公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位でもある。」と判示している。このように、日本国籍の有無が個人の基本的人権の保障等にとって重要である、との認識に立てば、ある制度が個人の権利や利益を侵害している可能性が指摘されているときに、その制度の合理性や憲法適合性を抽象的観念的に論じることはできず、権利利益の侵害の内容や、他方その制度が守ろうとしている利益について具体的に検討することが求められる。
 ところが、原判決の判示は、「国籍は、国家と個人とが相互に権利を有す義務を負担することになる法的きずな」(原判決7頁)であるとするのみであり、上記最判の視点を全く欠いている。このような立場に立つならば、侵害される権利利益と守られる権利利益を具体的かつ慎重に検討しようとする姿勢が生まれないのは当然といってもよい。
 このように、原判決における法12条に関する議論が抽象的・観念的であり、また出生による国籍取得に関する日本国民一般の常識的感覚と乖離した前提に立って何ら問題を感じないのは、個人の権利利益の保護にとって日本国籍の存在が重要である、との認識が欠如しているからである。

4 憲法14条1項適合性の判断基準について
 最大判平成20年6月4日は、上記引用に続けて、「一方、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは、子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄である。したがって、このような事柄をもって日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討することが必要である。」と判示している。日本国籍の重要性について理解を欠く原判決には、国籍を巡る不平等扱いについてかかる慎重な検討をすべきとの認識も見られないが、このような姿勢が上記最大判の立場と反することは明らかである。本件においても、差別的取扱の合理性については、慎重に検討されるべきことは当然である。

5 本書面の構成
(1) 本書面においては、まず第2において、憲法13条違反を論じる前提としての法12条の法的性格に関する原判決の判断(原判決9~10頁)を批判し、法12条が生来的に取得した国籍を事後的に喪失させる制度であることを論証する。
(2) 次に第3において、「実効性がない形骸化した日本国籍の発生の防止」という立法目的に関する原判決の判示を批判し、かかる立法目的に合理性がないことを論じる。
(3) 第4においては、「重国籍の発生の防止」という立法目的に関する原判決の判示を批判し、国籍法上、重国籍の防止が本人や親の意思を無視してまで要請されているものではないことを指摘する。
(4) 第5において、国内出生児と法12条が適用される国外出生児との間の差別的取扱について合理性がないことを論じる。
(5) 第6において、同じく国外出生児の間で親が国籍留保の意思表示をした者とこれをしなかった者との間の差別的取扱に合理性がないことを論じる。
(6) 第7において、同じく国外出生児のうち、嫡出子と非嫡出子の間に見られる差別的取扱について、合理性がないことを論じる。
(7) 最後に第8において、控訴人ダイチ・フェルナンド・ミサ・マルヤマについて、その出生後3ヶ月を経過した後になされた出生届が「責めに帰することができない事由」によるものとして戸籍法104条3項により適法な届出となり、これによって控訴人ダイチが日本国籍を留保していたことを主張する。


第2 法12条の法的性格について

 1 国外出生重国籍児の日本国籍取得の法的根拠
(1) 生来的な国籍取得について、日本の国籍法が血統主義(法2条1号)を基本原則としていることは、争いがない。
 判例も、最判平成14年11月22日判決は、法2条1号について「日本国籍の生来的な取得についていわゆる父母両系血統主義を採用したものである」と判示している。また、最大判平成20年6月4日は、「国籍法2条1号は、子は出生の時に父または母が日本国民であるときに日本国民とする旨を規定して、日本国籍の生来的取得について、いわゆる父母両系血統主義によることを定めている。したがって、子が出生の時に日本国民である父または母との間に法律上の親子関係を有するときは、生来的に日本国籍を取得することになる。」と判示し、平成20年改正前の法3条1項(準正の成立を理由とする届出による国籍取得制度)の制度趣旨について、「日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した嫡出子が生来的に日本国籍を取得することとの均衡を図ることによって、同法の基本的な原則である血統主義を補完する」ものである、と判示している。
 他方で、日本の国籍法は、補充的に生地主義も採用しているとされ、その例として法2条3号が引用される。しかしながら、法2条3号は血統主義による国籍取得の射程範囲外の事案について、無国籍者の発生防止という要請に基づいて設けられた規定であり、適用場面も、対象者も法2条1号と比べて非常に限定的である。そして同号の他に生地主義的思想によって生来的な日本国籍の取得を認める規定はない。
 このように、日本の国籍法は生来的な国籍取得に関しては、血統主義的な考え方にかなり強く依拠しているものであり、日本との結びつきの判断基準として、血縁に加えて地縁的結合を要求するとか、血縁による結合と地縁による結合のいずれの場合も許容する、といった姿勢を取っていない。これが日本国籍の生来的な取得に関する法の基本的な姿勢であり、また、旧国籍法以来の血統主義の伝統や、単一民族思想の浸透によって、一般の日本人に広く認識され、共有されている考え方である。

(2) 改めて指摘するまでもなく、法2条1号は、出生時の親が日本国民であるという要件のみで当然に日本国籍を取得させる。同規定は、日本国民の子として出生しさえすれば、その出生地、出生の届出や公文書への記載の有無や時期、外国籍の取得の有無、出生後の生活の本拠地、日本人親との同居生活の有無にかかわらず、当然に出生時の日本国籍の取得を認めるものである。
 このように、日本国外で出生した日本国民の子が日本国籍を取得するのは、法2条1号がその根拠規定である。

 2 法2条1号と法12条の関係
(1) これに対し、法12条は「出生により外国籍を取得した日本国民で国外で生まれたもの」を対象者とする。ここから明らかなように、法12条は「日本国民」すなわち法2条1号により日本国籍を取得した者を対象とする。したがって、法2条1号と法12条の適用関係は、子の出生時に前者の適用によって日本国籍を取得し、出生後3ヶ月間の親による国籍留保の意思表示の有無によって法12条によって国籍の得喪が決定する、という関係にある。
 このように、法2条1号と法12条は時間的にも論理的にも明らかな先後の順序があり、前者によって取得した日本国籍を後者によって喪失させる、という関係にあることは自明である。

(2) 原判決は、「国籍法12条は、…国籍の生来的な取得を制限し、出生当時から国籍を取得しなかったことにする趣旨を表したものと解することができる。」と判示する(原判決9頁)。
 このように、原判決は法2条1号による「国籍の生来的な取得」を法12条が「制限」するとしており、上述の時間的及び論理的な先後関係を是認するものである。

(3) さらに、本件訴訟において法12条が違憲無効と判断された場合には、控訴人らの日本国籍は法2条1号によって認められることになる。このことからも、法2条1号と法12条の時間的・論理的先後関係が明らかになるとともに、両者が別制度であることも明らかである。

(4) このように、法2条1号と法12条の関係から論理的に考えても、両者の間には適用の先後関係があり、前者によって取得した日本国籍を後者によって消滅させる、という関係にあることが明らかである。

 3 原判決の解釈の誤り
(1) 原判決が、法2条1号と法12条が別個の制度であることを前提としつつ、あたかも一体として適用されるかのように論じる理論的な根拠は不明であるが、仮に「国外出生重国籍児の生来的国籍取得については法2条1号と法12条が不可分一体であり実質的に一つの制度として存在し適用される」との法律解釈に立脚しているとするならば、明らかな誤りである。

(2) もし仮に上記のような解釈を採るならば、法2条1号は国外出生重国籍児には同条単体では適用の余地がないことになり、同条の場所的適用範囲を実質的に日本国内に限定するということになる。すなわち、法2条1号に血統主義のみならず「日本国の領土内で出生した」という生地主義的要件を加味することと等しい。しかしながら、文言上も、解釈上も、そのような要件を現行の法2条1号に加えることは不可能であり、またかかる要件を追加する必要性についての議論もこれまでなされたことはない。

(3) また、もし仮に上記のような解釈を採るならば、法12条のみを違憲無効とすることは「国外出生重国籍児について法2条1号のみによる国籍取得を認める」という新たな国籍取得制度を設けることとなり、実質的な立法作用を行うものであって三権分立原則に反し許されない、という反論が当然になされるはずである。
 しかしながら、本件訴訟において被控訴人からこのような反論が提示されたことはなく、原判決においてもこのような指摘はない。

(4) さらに、法12条の制定過程の議論を見ても、立法者が「国外出生重国籍児については法2条1号と法12条が不可分一体であり実質的に一つの制度として存在し適用される」という理解には立脚しておらず、むしろ法12条がいったん発生した日本国籍の喪失を目的とした制度であることを前提としていたことは、明らかである。
ア 昭和59年法改正前の法9条が定めていた国籍喪失制度は、日本国民の子で生地主義国で出生したことにより外国籍を取得した者を適用対象者としており、その立法目的は重国籍者の発生防止にあるとされた。
 ところが昭和59年法改正で父母両系血統主義が採用されることに伴い、血統を根拠とする生来的な重国籍者の大量の発生が不可避となった。そのため、生地主義国での出生による生来的な重国籍者のみを対象とする改正前法9条の存在意義が問われることになり、その存廃が法改正における課題の一つとなった。
イ 当時の法務省民事局第5課は、法改正の方向性に関する議論の材料となるものとして、昭和58年2月1日に「国籍法改正に関する中間試案」を公表した。この中間試案の中で法務省は、改正前法9条の扱いについて、現行法12条のように改正し存続させるとするA案と、国籍選択制度を設ける代わりに国籍喪失制度を廃止するB案とを併記し、各界の意見を問うものとした。
ウ このように、法改正時には現行法12条の案と、国籍喪失制度を廃止する案が併記され、両者が対置する制度案として議論の対象とされたのである。これは、「国内出生児に対し単体で適用される法2条1号」と「国外出生重国籍児に不可分一体として適用される法2条1号及び法12条」を対置するという考え方ではない。むしろ、出生地の国内外や国籍の単複を問わず日本国民の子として出生された者に法2条1号が等しく適用されることを前提とした上で、国外出生重国籍児についてのみ適用される法12条の存廃を議論する、という問題設定である。
 当時、被控訴人国は法2条1号と法12条の関係についてこのように理解していたのであり、法12条は国外出生重国籍児が法2条1号によって取得した日本国籍を事後的に(出生後の事情により)喪失させる制度であると考えていたのである。

 4 原判決の理由付けに対する批判−立案担当者の答弁について
(1) 原判決は、その判示の理由付けとして、法11条及び13条と異なり法12条が「出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」と規定していること、及び法12条制定時の立案担当者の説明や国会審議における政府委員の答弁を挙げる(原判決9~10頁)。

(2) しかしながら、法12条の遡及効はまさに同条を適用した結果生じる法的効果に過ぎない。また控訴人らも条文に明記された遡及効自体を争っているのではなく、出生後の事情によって遡及的に日本国籍を消滅させる法12条の制度が、いったん取得した日本国籍を事後の事情によって喪失させるものである、と主張しているのである。原判決の上記の理由付けは何らその根拠となり得ない。

(3) 上述の通り、遡及効とはある時点で発生した事実に基づいて、それ以前の法律関係を変動させるという法的技術であり、過去の事実を否定しうるものではない。法2条1号と法12条の関係でいえば、法12条適用の結果、当該本人は出生時にさかのぼって日本国籍を失うが、それは事実として最初から日本国籍を取得していなかった(すなわち外国人として出生した)ことと同義ではない。このことは、法17条や法8条3号(簡易帰化制度)が法12条の適用によって日本国籍を喪失した者を純然たる外国人と別扱いしていることからも明らかである。
 このように、原判決が「出生当時から国籍を取得しなかったことにする」としているのは、法2条1号及び法12条が適用された結果として生じる法的効果、すなわち「法2条1号によって日本国籍を取得した国外出生重国籍児が、国籍留保の意思表示をしなかったために出生時に遡って日本国籍を喪失した」という一連の経過の結論部分の法的効果を説明しているに過ぎないのであり、法2条1号と法12条が順次適用される過程、すなわちいったん取得した日本国籍をその後の事情によって喪失させるという事実及びその各時点での法的地位の変化を説明するものではない。
 むしろ「遡及的喪失」という法的技術を採っていること自体が、出生時には日本国籍を有していることを前提としているのである。

(4) また、原判決が挙げる立案担当者の説明や政府委員の答弁も、「さかのぼって日本国籍を失う」という法12条が適用された結果の法的効果を説明したに過ぎない。
 例えば、乙7・15頁以下の記述においても、国籍喪失制度は「結果的に、国籍留保の意思表示をした者は、出生時に取得した国籍を引き続き保有するが、意思表示をしなかった者は、実際上は、日本の国籍を取得しなかったのと同じことになるのである。」(傍点は控訴人ら訴訟代理人)と述べている。これは、「法2条1号による国籍取得→法12条による遡及的喪失」という関係を前提とした上で、その遡及的喪失の効果として「日本の国籍を取得しなかったのと同じことになる」ことを、「出生時における国籍の取得を制限したもの」と表現しているのである。
 この記述からも明らかなように、法12条に「国外出生重国籍児の日本国籍の生来的な取得を制限する」という目的があったとしても、それは国籍の遡及的な喪失という法的効果を説明するものに過ぎず、いったん取得した日本国籍を事後的に喪失させるという法2条1号と法12条の法的な関係や、その間の法的地位の変化の説明ではない。
 むしろ、「二条の規定で日本国民を父又は母とする子供が生まれた場合にはその瞬間には日本国籍を取得するわけでございますけれども、留保しなければさかのぼって失うということになっておるわけでございます。」との政府委員答弁(乙6の4・15頁3段目の枇杷田局長答弁)が、法2条1号と法12条の関係を適確に説明している。ここに端的に表現されているように、原判決が指摘する立案担当者の説明や政府委員の答弁は、本人の法的地位の変遷の結果、出生時から日本国籍を取得しなかったこととなり、「出生時の日本国籍取得が制限されるのと同じ法的効果が得られる」、ということを言っているに過ぎない。
 また、昭和25年の現行国籍法制定にあたりその立案を担当した平賀健太郎裁判官が、法務府民事法務長官総務室主幹との肩書で、同国籍法の解説書として著した「国籍法 下巻」において、改正前法9条について「国籍喪失の効果が出生の時にさかのぼるのであるが、日本国籍は一度有効に取得されているのであるから、やはり国籍喪失の一場合であり、本人が帰化によって日本の国籍を取得しようとするときは、国籍法第六條第四号にいう「日本の国籍を失った者」として簡易帰化の規定の適用を受ける。」(甲27・443頁以下)としているのは、まさに現行法2条1号と法12条の関係を正確に説明したものと言うべきである。

5 原判決の理由付けに対する批判−法11条、13条との関係
(1) 法12条の制度は、大正13年改正で設けられた旧国籍法20条の2の国籍喪失制度に起源を有し、国籍喪失の遡及効も上記大正13年改正以来、引き継がれているものである。この改正時に従前の国籍離脱制度から国籍喪失制度に改変をした理由は、外国に永住し、子に日本国籍を保持させる意思のない(したがってわざわざ離脱の意思表示すらしようとしない)ケースが多いことを前提に、そのようなケースでも実効的に日本国籍を喪失させることが目的であった、とされている。
 このように、大正13年改正による国籍喪失制度の創設は、親の意思によらずに子の日本国籍を喪失させることに眼目があったのであるが、そのような目的との関係で見れば、国籍喪失の効果を出生時までさかのぼらせることに必須の要請があったとは認めがたく、従前の離脱制度のように将来に向かって国籍喪失の効果を発生させることでも所期の効果は得られた。
 したがって、国籍喪失制度の創設によって国籍喪失の効果を遡及させる論理的必然性はない。また、大正13年改正の際に国籍の遡及的喪失の法的意味や、遡及効を有しない他の国籍喪失制度との質的な違いが議論された形跡もない。

(2) 大正13年改正時に、国籍喪失の効果が将来に向かってのものから出生時に遡及するものに改変された理由は、以下の点にあると解される。
 第1に、離脱制度の場合は遅くとも離脱の届出の際に日本国民としての出生の届出がなされるので、日本政府として日本国民の存在及び当該人が日本国籍を離脱した事実が把握できるのに対し、喪失制度の場合には本人は何らの届出なく日本国籍を喪失するために、その者が一定期間日本国籍を有していたことを日本政府として把握できず、日本政府がその存在を把握し得ない日本国民が発生することとなってしまう。そのために、むしろ出生時に遡って日本国籍を喪失するとした方が日本政府が当該人を日本国民として把握する必要がなく、便宜であった、という点が挙げられる。
 第2に、出生後わずかな期間で日本国籍を喪失する場合には、その国籍を前提とした他者との権利関係や利害関係が発生する可能性も低いので、出生時に遡って日本国籍を喪失するとしても本人や周辺への影響ないし不利益はないと考えられる、という点も考慮されたものと解される。
 第3に、移住先国の国籍のほかに日本国籍をも有することによる移民排斥問題を解消し現地への定着・同化を促進するという当初の立法目的に照らせば、出生時から日本国籍を有しないという扱いにした方が望ましい、という政策的配慮もあったと解される。

(3) このように、大正13年の旧法改正時には、日本政府における当該人の把握の可能性や必要性、日本国籍を失う本人の便宜、日系移民の同化促進による排斥問題の解消、等の現実的な事情が考慮されて遡及的喪失が認められたのであり、極めて政策的な理由によるものであったと解される。

(4) これに対し、法11条や13条による国籍喪失が将来に向かってのみ効力を有する理由としては、以下のような点が挙げられる。
 第1に、法11条や13条が適用される事案において、遡及的に日本国籍を喪失させることは通常の場合本人の意思に反する。
 第2に、法11条及び13条による国籍喪失の場合には、そもそも遡及的に国籍を喪失させる必要性がない(日本政府としては当該本人が日本人として存在し、一定の要件を充足した日本国籍を喪失したことを戸籍によって把握することができる)。
 第3に、本人が一定期間日本国民として生活し、日本国籍を前提として様々な権利関係や身分関係を形成している場合が通常であり、そのような場合には、遡及的に日本国籍を喪失させるとその権利関係を混乱させる。
 第4に、事案によっては遡及的に日本国籍を喪失した結果、過去の一定期間無国籍であったことになってしまうケースもあり得る。

(5) このように、法11条や13条と法12条との間には、日本国民としての生活歴の長短や、国籍を遡及的に喪失させることの実務的な必要性あるいは弊害などの違いがあり、このような現実的な理由から遡及効の有無に差異を設けているものと見るのが正しい。したがって、法11条や13条と法12条との間の遡及効の違いを根拠に、後者が前者と本質的に異なるものとする原判決の考え方は根拠がなく、誤りである。

 6 法12条による新たな国籍喪失者の作出
 昭和59年改正前の法9条は、生地主義国で出生したことにより外国籍を取得し重国籍となった日本国民を対象としていた。同改正以前は、本件控訴人らのように血統主義国で出生し、外国人母の国籍を承継して重国籍となった日本国民は、国籍留保の意思表示を要せずに、当然に日本国籍を保持していた。
 しかるに、昭和59年改正によって生地主義国以外で出生した重国籍児も国籍留保の意思表示をしないと日本国籍を喪失することとなったものである。このように、生地主義国以外で出生した重国籍児に対しては、それまで法2条1号によって取得していた日本国籍を法12条によって失わしめることになったのであり、この点でもやはり法12条は従前であれば取得し保持することができた日本国籍を喪失させる制度ということができる。

 7 結論
 以上の通り、国外出生重国籍児も日本国内で出生した日本国民の子と全く同様に、出生によって法2条1号に基づき日本国籍を取得するのであり、法12条はこのようにいったん取得した日本国籍を出生後の事情によって消滅させるものであって、まさに国籍喪失制度であると理解するのが正解である。また、このように理解することが原審で主張した条文の文言や各条項の位置関係、簡易帰化制度(法8条3項)との関係など(原告ら準備書面(5)3頁以下)とも整合的であり、さらには通常人の常識的理解にも合致する。
 原判決が法12条をもって「国籍の生来的な取得を制限し、出生当初から国籍を取得しなかったことにする」制度である、とするのは、法2条1号と法12条との関係の理解を誤り、その適用の先後関係に起因して当該本人の「日本国籍取得→喪失」という法的地位の変遷が生じることを看過し、法12条の適用結果の法的地位の説明に拘泥したものであって、誤った理解に基づく判示である。
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